No.679/2025年11月9日【かつて・肌】 牛たちの死の後としてなめらかな(かつて肌だった)革の手袋

加古陽

「皮」と「肌」は、何が違うのか。久永さんの問いを受けて、自分なりに考えた。結論は、「皮」は死であり、「肌」は生である―。「皮」には体温がなく、「肌」には体温がある。もち肌も鮫肌も鳥肌も生きていればこそ、である。生きている「肌」は剥がせないが、死後の「皮」は剥がしてなめすことで「革」となる。<なめらかな肌だったっけ若草の妻ときめてたかもしれぬ掌(て)は>(佐佐木幸綱『群黎』)を思い出しつつ、「肌」を摘んでみた。

作者/加古陽(かこよう)

1962年、愛知県生まれ。「心の花」「微文積文」会員。東京新聞編集委員。第54回角川短歌賞次席。歌集『夜明けのニュースデスク』(前川佐美雄賞・筑紫歌壇賞)。歌書『一首のものがたり』(日本歌人クラブ評論賞)

コメント

タイトルとURLをコピーしました