駆け落ちも知らず三十五となりて浴む夏の風 Life goes on and on
夏になって汗をかく時期になると、太宰治の『黄桃』の一節を思い出す。「この、お乳とお乳のあいだに、……涙の谷、……」。作家の妻のこのさりげない一言をきっかけに、表面上は仲が良さそうに見えながら危機を抱えている夫婦の様子があらわになり、小心で、卑怯で、そのことを誰よりも分かっている作家の内面が赤裸々に語られだす。旧約聖書の詩篇から来た「涙の谷」という表現で汗のことを言い表すしめっぽい奥ゆかしさを思いつつ、ぬるく気だるい夜風を浴びる。Life goes on and on.
作者/菅原百合絵(すがわらゆりえ)

1990年、東京生まれ。「心の花」会員。歌集に『たましひの薄衣』(書肆侃侃房)。本業はフランス文学研究。専門は十八世紀フランス文学・思想、とくにジャン゠ジャック・ルソー。
コメント