いちごつみ9月の短歌ふりかえり

おしらせ

大変お待たせしました。9月の歌の振り返り&特別ゲスト大森さんからのメッセージ、一挙大放出です!

9月の歌のアーカイブはこちら↓

それぞれの心に残った9月の短歌

伊藤一彦・選

No.254/2024年9月10日【夜】
星々のたまごを抱いてあたためる夜空は母親、見上げるみんなの(乃上あつこ)

伊藤一彦
伊藤一彦

国の内外で暗いニュースが伝えられるいま、心を温められたうたである。小さくきらめく星々を「たまご」ととらえ、「夜空は母親」とは魅力的な比喩だ。しかも「みんなの」であり、希望を抱かせる。この「たまご」が孵る頃には地上もきっと平和になっているはずだ。

No.249/2024年9月5日【背】
猫舌で猫背ながらも人間をやっておりますハマチください(久永草太)

伊藤一彦
伊藤一彦

「人間をやっております」が面白い。いわゆる出世魚のハマチだが今は「ハマチをやっております」。伊藤一彦は「伊藤一彦をやっております」。正体はわかったものではない。

乃上あつこ・選

No.265/2024年9月21日【塩】
うつくしき塩の柱のロトの妻こころに棲ますわが妻として(伊藤一彦)

乃上あつこ
乃上あつこ

教会とは異なる伊藤先生の解釈に感銘を受けました。振り返ることを、勇気ある人間の行為として肯定されているところに、伊藤先生の心の広さと余裕を感じました。優しい伊藤先生のもとには、いろんな人が棲んでいますね。

No.258/2024年9月14日【颯爽】
ギンヤンマ颯爽と飛んでもう見えずあんな感じで〆切は去る(久永草太)

乃上あつこ
乃上あつこ

〆切が去っていくあっけなさの描写が巧みですね。「〆」の字自体も、ギンヤンマの飛ぶ様子やスピードを感じさせます。「あんな感じで」というラフな語りの他、5か所に配置された「ン」の音によるリズムもいいですね。

久永草太・選

No.262/2024年9月18日【月】
星よりも月、月よりも闇愛し、酒飲むやうに闇呑みし人(伊藤一彦)

久永草太
久永草太

牧水のことを詠んだ歌。この前日、9月17日は牧水忌だった。「星よりも月、月よりも闇」「酒飲むやうに闇呑みし」一首を通してリフレインが、ゆったりとしたリズムを生み出して、月夜ののんびりとした深酒を思わせる。「闇」は悪いもののように扱われることも多いが、この闇はどことなく優しくて、美味しそう。

No.272/2024年9月28日【灯台・白】
灯台は白きまち針 こんなにも言葉が埋まる陸地の先の(乃上あつこ)

久永草太
久永草太

乃上さんには、「短歌」や「言葉」というものを真正面から歌おうという意欲の垣間見える歌が多く、またそれらが魅力的である。この作品もそう。「灯台は白きまち針」、この待ち針は何を留める針かというと、陸地を、そこに埋まる言葉を留めるという。たしかに言葉の分布は海の上より陸地により豊かだろうし、昨今の情報社会は言葉の氾濫であり、何かで留めておく必要もあろうか、と考える。

大森静佳さんの8月・9月の歌から

作者/大森静佳(おおもりしずか)

1989年、岡山県生まれ。「京大短歌」を経て「塔」短歌会編集委員。2010年に第56回角川短歌賞を受賞。歌集に『てのひらを燃やす』、『カミーユ』、『ヘクタール』がある。京都市在住。

伊藤一彦・選

No.273/2024年9月29日【陸地】 わたしという陸地を放浪してほしい一行の詩よ草をあつめて(大森静佳)

伊藤一彦
伊藤一彦

三人の名前を読みこんでくれた有り難い歌だが、それはそれとして、大森さんらしいと思って心に残った一首である。大森さんの「陸地」は無限の広さと豊かさをもっており、「放浪」は一生続くにちがいない。「さびしさの単位はいまもヘクタール葱あおあおと風に拭かれて」の歌を思い出す。

乃上あつこ・選

No.259/2024年9月15日【飛】
咳をする あなたを思う 透明な飛行機が喉にせりあがる昼(大森静佳)

乃上あつこ
乃上あつこ

この一首に出会ってから、咳をする時には喉にせりあがってくる透明な飛行機を思わずにいられなくなりました。三段切れ、連想の飛ばし方など、大森さんの体感モンスターぶりが発揮されていて、痺れました。

久永草太・選

No.245/2024年9月1日【ばかり】
思い出の痩せやすき夏ばかり来て釜揚げしらすの味が平たい(大森静佳)

久永草太
久永草太

思い出が痩せる、とはどうなることか。釜揚げしらすの味は常に平たいのか、平たくない釜揚げしらすもあるのか、そもそも味が平たいって何? 謎が多い歌なのだけれど、それが読み手を突き放しすぎない塩梅で繰り出せるのが大森さんの凄味だと思う。しらすの味の平たさ、そう言われるとなんとなくわかる気がする……!となってしまう、絶妙なラインを攻めてくるのだ。

↑大森さんの歌のアーカイブはこちら。

大森さんからのご感想

最後に大森静佳さんに、二か月いちごつみをやってみてのご感想を頂きました。

【いちごつみを終えて全体の感想】
いちごつみ、しかも一晩を目処にハイペースで返球するスタイルは初挑戦だったので、最初は毎回気持ちが焦りましたが、ある程度肩のちからを抜いて皆さんとの言葉の往還を楽しめばいいんだと思えてからどんどん楽しくなりました。題詠と同じく、普段自分があまり使わない言葉を詠み込むことになりますね。短歌とエッセイのバランスを含め、伊藤さん乃上さん久永さんそれぞれのアプローチに触れられたのも刺激的でした。

【伊藤一彦さん】
あくがれて宇宙のどこか旅してる一三九歳の牧水さんは(8/24宇宙)

人物を詠んだ歌や愛情深い挨拶歌の数々、どれも体温があって惹かれるのですが、1首だけ選ぶとしたら牧水の139回目の誕生日に詠まれたこの歌です。伊藤さんがご著書のなかで牧水のキーワードに挙げておられる「あくがれ」。生と死が地続きだという感覚が、特別な屈託なくごく自然に「一三九歳の牧水さんは」と温かく詠まれています。一方、私にとっては牧水と「宇宙」の組み合わせはかなり意外で、あの草鞋の旅姿のまま宇宙空間を浮遊する牧水を想像するとどこかシュールな感じがして笑ってしまいます。そういう面白さも含め、好きな歌でした。

【久永草太さん】
砂浜のパラソルぜんぶ離陸してしまえ 結婚おめでとうだよ(8/22パラソル)

結婚する友への心からの祝福と、かすかな寂しさと、面と向かって「結婚おめでとう」と口にすることへの照れくささと。その全てが「おめでとうだよ」という口調に込められていて、1首の奥からやけっぱちに嬉しい声が聴こえてくるような気がしました。無数のパラソルが空に舞いあがるイメージは不思議なアニメーション映像のようでとても印象深く、さりげないけど「離陸」もすごいですよね。ちょっとずつ意味の切れ目と句の切れ目がずれていく韻律にも含羞がある気がします。「思い出す顔は横顔ばかりなり我ら河川敷帰宅同盟(8/1横顔)」の下の句もそうですが、久永さんのこの明るい含羞、とても魅力的だと思います。

【乃上あつこさん】
灯台は白きまち針 こんなにも言葉が埋まる陸地の先の(9/28灯台・白)

乃上さんの歌は比喩が大胆で、つねに世界が現実と異界の二重写しで見えているような面白さがあります。なかでもこの歌、「灯台は白きまち針」に衝撃を受けたのですが、形状の類似はもちろんとして、陸地の端に立つ灯台が、じつは人間が織りなす言葉の布の「まち針」の役目を果たしてくれていたのかと、非常に深い思いで立ちどまりました。そして、よく読んでみると「埋まる」がユニークですよね。おびただしい言葉がこの地上には埋まっている…そう考えると、この言葉は死者の言葉ともこれから掘りだされる未来の言葉とも読めそうでドキッとします。

以上になります。
あらためて、素敵な機会をありがとうございました。

大森さん、改めまして二か月間ありがとうございました!!

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